嫌いな人がいるのは

人間だから、好きな人もいれば、嫌いな人もいるものです。

でも、仏教的に見て、嫌いな人というのは、その人のことが嫌いなのではなくて、その人を通して嫌いな自分が見えるから、嫌いなのです。

だから、本当は嫌いなのは自分自身。

自分の中に自分自身も嫌いな都合の悪い自分がいる。

それが相手の存在を通して見せつけられるので、嫌いなのです。

でも、嫌いな自分も自分自身であることには変わりありません。

だから、みんなから嫌われる自分であったとしても、自分だけは嫌わないであげる。

そして、好きになってあげる努力をする。それが大事だと思います。

嫌いな自分を好きになれば、この世に嫌いな人はなくなる。すべてが気持ち良く付き合える人だけになります。

投稿者:

上田祥広

なぜ私たちは苦しくても生きなければならないか、何をしたら幸せになれるか、その答えを仏教を通して明らかにしています。

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